牛王9号

2012年8月発行です。前号に比べ少しスリムな本になりましたが、内容は充実しております。

○特集 1

『東日本大震災・熊野12号台風被害をふりかえる』

 我々の今後の在り方を、根本から考え直す必要を迫られる大災害が発生しました。多くの人々の生命や心と、あちこちの土地や建物に甚大な被害をもたらし、今なおその悪影響に苛まれています。この事態にどう向き合うか。そこから何を学び、今後にどう活かすのか。皆さんと一緒に考えて行きたいと思います。 東北出身の文芸批評家・佐藤康智さんにも想いを寄せて頂きました。

○特集2

『世界経済を斬る』

経済学者・岩井克人さんに特別インタビューをお願いしました。「貨幣は、みんなが貨幣として使うからこそ貨幣として成立する」という”自己循環法”に着目し、経済社会における貨幣の持つ意味と今後の資本主義経済の在り方を模索します。また、同志社大学の大久保教授から、日本経済の現状と今後に関する具体的な論考をお寄せ頂きました。如何に他者との価値観の連携・共有が行えるか,が今後の価値創造のポイントという御説は、”絆”のキーワードが気になる方々には是非お読み頂きたいものです。

 

作家・中上紀さんからは、書き下ろしのエッセイを頂きました。故郷・熊野の伝統行事である女人禁制の”お燈まつり”に今回初めて七歳になる息子を送り出し、激しい雨に祟られながらも、母親から離れひとりで山へ登り下ってきた息子に、熊野の男としての再生を見る。息子さんの成長を見守る母親としての、慈しみの視線に共感する小品です。

 

自由エッセイ【ときの風】には、文芸批評家・前田塁さんをはじめ、本誌編集委員も含めて全25名からの寄稿が掲載されています。それぞれの日常生活の中から切り取られた何ものかは、読者の心にどのように届くでしょうか。

 

論文には力作が二編。髙屋敷真人さんの『賢治と健次』では、中上作品に見出される”自己の唯一性と他者への同一化とが、同時に激しくせめぎあい 複雑に絡み合うような自己矛盾”を出発点として、宮沢賢治と中上健次の類似性について、引用を交えながら丹念に検証して行きます。「唯一の普遍的存在や真理を持たない世界観」が両者にもたらす表現の在り方とは何か?本論をご一読下さい。石川真知子さんの『軽蔑ー1991年に描かれた女の物語ー』では、これまであまり評判の芳しくなかった中上健次晩年の小説『軽蔑』を取り上げ、女性論者ならではのユニークな視点からこの小説の描かれた1991年という同時代性を浮き彫りにします。女性が自身の性的欲望を主体的に生きる存在として主人公を捉え、謎の多い主人公の言動に斬新な角度から光を当てて、大胆なラストシーン解釈へと導く手腕をご堪能下さい。

 

小説,ルポルタージュにもユニークな作品が寄せられています。重畳的な独白形式が特徴である勝浦雄人さんの『明日への手紙』。俺はこのままでいいのか,という限りない問いの連鎖が読者に呪縛をかけます。

肉体労働者として働いていた頃の体験談を極私小説に仕立てた竹田一灯さんの『保険ナシ』。金なしコネなしツキもなしの陰惨な逸話を、軽快な文章で自己相対化して笑い飛ばしています。

ふとしたことから「骨髄ドナー」に選定されてしまった私の戸惑いを描いた岬二郎さんの『白濁』。私は困窮する人を助ける”偉い人”なのか,そうした名声が欲しい”偽善者”なのか。

大谷成海さんの『起立性調節障害をご存じですか』は、我が子が突然原因不明の病に襲われたことに驚き困惑しながらも、何とかその正体を掴み対処法の一端を世に伝える挺身のレポートです。困ったことがあれば、一人で抱え込まずに世間に相談してみるべしと改めて教えられます。

武田一博さんの『震災遡行』は、実家とほぼ絶縁状態にあった著者が、震災を機会に関係修繕を図るべく故郷・福島へ車を駆って出かけて行った顛末を、抑えた筆致で語っています。

【特集1】
<東日本大震災・熊野12号台風被害をふりかえる>
東日本大震災の町を歩く       亜 あ  和賀正樹
石巻の思い出   佐藤康智
 東北から遠く離れて   吉川昌孝
大震災から   中里成光
春の雪   小田桐優子
「復興」に向かって   石垣昌好
口色川の台風被害と復興   春原麻子
 肩を揉む   尾坂裕美
白梅   佐々木今日子

十二号台風

平成二十三年九月四日

  栗林 確

 

【特集2】
<世界経済を斬る>
貨幣の本質が露出してきた 岩井克人 
日本経済の現状をどうとらえるか 大久保隆

日本のケインズその生涯と思想

「高橋是清」を読む 

菱谷潤一 
投資の国・アメリカ  美郷 平 
秘すれば花  稲山訓央 
価値に潜むタイムラグ  侍来弘樹 

 

【ときの風】

米粒とごはん

たなかむつこ
重なりと回帰 前田 塁
最後の軍国の妻 中田重顕
生と死を隔てるもの 石井泰四郎
魂ドック  稲葉千寿 
田中正造と中上健次  岡田 亨 
蒙昧な宇宙に迷いて 渡辺 考 
下萌え 飛騨嬉美栄
演劇「太平洋食堂」紹介 辻本雄一 
 雑感 清水雅昭 
美生柑 飛騨五郎
暗黒からの脱出に向けて  上條 聡 
生きるための文学 鳥居吉治
さらば魚河岸の味  かわむらけんじ 
母とデイサービス  草野 夕
よもだ節  岩富士バロン 
円満地公園オートキャンプ場  吉田 創 
日本人としての原点  柳原さつき 
畜生仏  ふわく義人 
時限記憶装置 荒川和重
聞いてはいけません  藤原舞子 
熊野巡礼の経験  ルイス・ルー 
熊野への旅

マリサ・ペンケリス

オリビア・スワン 

神倉山の思い出 

イャム・スンサワン

クリス・ティー

黄色い花の喪書 東 輝彦
   
【エッセイ】  
初上りと山の神の涙      中上 紀
   
【論】  
賢治と健次  髙屋敷真人
『軽蔑』1991年に描かれた女の物語  石川真知子
   
【小説】  
明日への手紙   勝浦雄人 
保険ナシ   竹田一灯 
白濁    岬 二郎
   
【ルポルタージュ】   
『起立性調節障害』をご存知ですか?  大谷成海
震災遡行  武田一博